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本朝地震記 全 (15)
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:地震
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本朝地震記 全 p. 11
「みんなで翻刻」の該当頁
地震
して。民屋を倒すことあり。其後二十年を経て。百一代後小松帝応永九年八月。十三年正月。同
十四年二月。同十七年庚寅正月廿一日已上四ヶ度大
地震
。このとき天地ともに鳴響す。夫
より廿一年を経て百三代後花園帝永享四年四月十一日。同九月十六日
地震
あり。此ときは尤甚し。夫より十七年経て文安五年戊辰
地震
。此年洪水。流行病。猶
又飢饉にて。古今の凶年なり。夫より十五年を経て。康正元年乙亥十二月晦日
地震
大なり。夫
より十一年のち百四代後土御門帝文正元年丙戌十二月廿九日大
地震
。翌年応仁の大乱起る。夫より廿三年を経て明応二年甲寅五月七日
地震
。同四年乙卯八月鎌倉大
地震
。又十四年のゝち。百五代後柏原帝永正七年庚午八月七日の夜大
地震
。其後七十五日。打
本朝地震記 全 p. 9
「みんなで翻刻」の該当頁
大
地震
して、星隕ること雨のごとし。夫より五十年を経て。同六十一代朱雀帝天慶二年己亥四月二日大
地震
より三十四年を経て同六十四代円融院貞元元年丙子六月十八日大
地震
。古今未曾有の変異にて二百余日震ふ。夫より六十五年を経て、六十九年後朱雀帝。長久二年辛巳夏大
地震
。此とき洛東岡崎法勝寺八角九重の大塔倒る。後四十五年を経て白川院永保三年に建り夫より百三十四年を経て同八十代高倉帝安元二年丙申四月八日
地震
。その音雷のごとし。四年を経て。治承三年己亥十一月七日にも
地震
。夫より九年。同八十二代後鳥羽院。文治元年己巳七月九日午のとき大
地震
本朝地震記 全 p. 12
「みんなで翻刻」の該当頁
地三十余町海となる。これより今切と名付と応仁記に見へたり。夫より三十七年を経て百六代後奈良帝天文二年丙辰二月十三日夜
地震
此とき星墜て海に沈むといふ。同十三年
地震
。夫より廿八年を経て百七代正親町帝天正十三年乙酉十一月廿九日大
地震
。夫より九年を経て。百
八代後陽成帝文禄四年乙未七月三日午どきより天卒に曇り。飆しきりに吹きたり。毛の雨をふらす事夥し。同月十二日の夜山城大和近江丹波河内摂津おびたゝしく地
震
とき洛東大仏くづるゝ。夫より三十五年経て。百十代後水尾帝明正七年庚午正月七日。相州小田原大
地震
。又十七年を経て後光明帝慶安元年戊子四月廿二日大
地震
本朝地震記 全 p. 13
「みんなで翻刻」の該当頁
江戸大
地震
夫より十一年経て。百十二代後西帝寛文二年壬寅五月朔日
地震
して。東山豊国の廟壊る、夫
より廿二年経て。百十三代霊元帝天和三年癸亥四月五日。下野日光山。同時江戸大
地震
あり。同十月大隅国
地震
して海陸となる。夫より廿年を経て。百十四代東山帝元禄十六年癸未十一月廿三日関東大
地震
以後二百余日震ふといへり。夫
本朝地震記 全 p. 15
「みんなで翻刻」の該当頁
る者其数をしらず。近くは文化元年甲子三月。羽州秋田大
地震
。象潟山崩れ死亡多し。又文政五年壬年六月十二日京都
地震
木野町等。十里斗四方大
地震
。其とき出火ありて横死の者三万余人牛車六千斗。神
社仏閣大廈民家の破損其数算ふべからずといふ。凡往昔よりの
地震
猶諸国に有べけれども只書典に載たるのみを記す。日
響に等しく。夥しく
地震
出す。是はいかにと衆人驚く間もなく。引続たる大
地震
みる〳〵家蔵の震動する事。宛
本朝地震記 全 p. 2
「みんなで翻刻」の該当頁
本朝
地震記全此書は始に地震
の諸説を挙け次に神武天皇より以来文政まて凡二千五百年余の間大
地震
の年月を記し且文政寅年七月の
地震
の始末を記たれば後世に残しおきて子孫
本朝地震記 全 p. 6
「みんなで翻刻」の該当頁
あるは。是また地の堅きと堅からざるとが故なり。凡初めて大に
地震
するときは。海
汀に泥涌上り津浪山のどて溯る。奥州の洪水。遠州今切など是なり。又大
地震
の後。月をかさねて震ひやまざるは。い
また陽気の出尽さゞる故なり。其甚きものは山焼出るといへり。されば我朝往昔よりの
地震
を考るに。人
より六百六十余歳を経て。人皇廿代允恭帝五年丙辰七月廿四日
地震
して。宮殿舎屋を破る。其後百九十余年を経て。丗
九代推古帝七年乙未四月廿七日地大に震ふ後七十余歳同四十代天武帝白鳳四年乙亥十一月十日
地震
。同十三年戊寅十月四日筑紫国地裂ること三千丈余
本朝地震記 全 p. 10
「みんなで翻刻」の該当頁
庭に仮を設けて御座とし給ふ主上は宝輿に御て池の汀に御幸なる夫より九年を経て。建久五年甲寅閏八月廿七日
地震
。また六十一歳を経て。同
八十八代後深草帝正嘉元年丁巳鶴ヶ岡八幡宮震動。七月廿三日大
地震
。夫より七十四歳を経て。同九十一代伏水帝永仁元年癸巳歳四月廿三日大
地震
。圧
死する者三万余人。三十一年のゝち九十五代後醍醐帝正中元年甲子十一月十五日大
地震
。此
本朝地震記 全 p. 8
「みんなで翻刻」の該当頁
きに鼓のごとき響は神此嶋を造りたまふ動きならんといひつたふ。それより廿二歳を経て。同四十二代文武帝慶雲四年丁未六月五日大
地震
。此
とき大空に長さ八丈横三丈にて。三面鬼の形の雲現はる。夫より三十四歳を経て。四十五代聖武帝天平十六年甲申正月七日に
地震
。美
濃ことに甚し。百十三歳のゝち同五十五代文徳帝斉衡三年丙子三月八日。畿内
地震
して民屋を倒す。同五十七代の帝陽成帝元慶三年己亥九月廿九日大
地震
本朝地震記 全 p. 14
「みんなで翻刻」の該当頁
同年十月四日大坂大
地震
。圧死山をなすといふ。此とき紀州三州遠州勢州津々浦々。青
五年のゝち百十七代桃園帝宝暦元年辛未二月廿九日京都大
地震
。破壊ことに夥しく。其後七月まて震といふ。同四月廿五日越後国高田
地震
。酉
宗より万灯供養あり廿一年のゝち。百十八代後桜町帝。明和三年丙戌正月廿八日奥州津軽青森辺り。大
地震
にて津浪あり人民死す
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